若い、大人の女性が言う
「ゼロだって ヘンな名前ぇ
−でも、ぴったりよねアナタに
だってそうでしょ?
『家も無い』
『家族も無い』
『学校にも行って無い』
『友達も居無い』
−ほら あなたの居場所なんて
この世の何処にも無いじゃない?」
目を覚ます若い男性
ガランとした部屋
窓をあけると外には広い川が流れている
川は高層ビルに囲まれているのだが、のどかな印象も受けるものだった
吹き込む風が心地いい
季節は6月
部屋には食べ終わったカップラーメンの容器と
指しかけの将棋の盤
そのそばには将棋の記事だろうか、雑誌か新聞か、何かの切り抜きが置いてある
服を着替えメガネを掛け、少年は外出する
大都市、電車に乗り移動する
着いたのは「千駄ヶ谷」
平日の昼間なのだろうか、町に人影はない
向かった先は「将棋会館」だった
青年は将棋の盤の前に座り、静かに誰かを待っている
現れたのは初老の男性だ
「元気だっったか?零(れい)」
声をかけ続けて世間話をするが零は黙ったままだ
男性が「じゃあ 始めるか」と言うと2人は将棋を指し始める
じっくりと将棋を指す男性に対して、静かに指し返す零
2人は将棋を指すと同時に、過去を思い出している
「…ああ、…無いな」
と、負けを宣言しながらも、どこか満足そうな男性
「うん 無い」
はじめて零が口を開いた
そして
「負けました」
強くなったな、ちゃんと食べているのかと、まるで親のような言葉
急に出て行って、歩(あゆむ)も香子(きょうこ)も心配していると続ける
零は下を向いたまま何も返さない
男性はお辞儀をすると去っていった
零「うそだ」
夕方の帰り道、道草をしていると「ひなた」から「桐山くんへ」というメールが届いた
今夜カレーを食べに来てほしい、みんな待ってると言う
断りのメールを打っている最中に追撃のメールが届いてしまう
福神漬と玉子を買ってきてほしいと
零には返すメールもなく、買い物をして「ひなた」の元へ向かう
「あーっ れいちゃん来たー☆」
ネコを抱えた、小学生になるかならないか程の少女が迎える
おつかれさま、ゴハンできてるよ、と声をかける大きなネコを抱える大人の女性
お腹すいたからと急かす中学生くらいの少女
3人+ネコの勢いに押され零はあたふたするばかりだ
中学生くらいの少女が尋ねる
「れいくん 試合どーだった?」
あかり姉ちゃんに部活の大事な試合があると聞かされていたと言う
零は落ち着きを取り戻した満足気な表情で静かに答える
「勝ったよ」
少女の顔が明るくなる
「おねいちゃ〜ん 零くん勝ったって〜☆」
そう、とあかり姉ちゃんも満足そうな表情を浮かべた
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低いテーブルにカレーが並ぶ
品揃えも豊かなら、食卓も賑やかだ
「いっただっきまぁーす☆」
楽しい夕食
…のはずが、つけっぱなしのテレビから流れたニュースにより零の顔は曇ってしまう
ニュースは大学生の長男が父親の頭や顔など数十ヶ所を
ハンマーで殴り死亡させたというものだ
零の脳裏によみがえる記憶があった
「まあ…ホントの息子だったら…の話だがな」
誰の声かは分からない
昼間の男性と対局を思い出す零
「−一手一手まるで素手で殴っているような感触がした−」
「殴った肌の あたたかさまで 生々しく残ってる気がする」
やはり誰の声かはわからない、昼間の男性なのか
「父さん…」
と心の中でつぶやき、うつむく零
その様子見た中学生位の少女が風邪なのかとたずねる
零が答える間もなく、少女はダッシュで薬をとりにどこかへ
あかりに、すみませんと言う零
あかりは遮るように大丈夫と、そして残してもいいから少しだけは食べるようにと伝える
はいと返事をし、零は静かにスプーンを口へ運んでいく
あかりたちの元へじいさんがやってきた
どうやら零の昼間の対局の事を知っており、何かを心配してここに来た様子だ
零は畳の上で丸くなり、眠っている
中学生くらいの少女がタオルケットを持ってきてくれた
零がかけたままのメガネをそっと外してあげる
そのとき彼女ははっとした
零が涙を流していたからだ
泣きそうな表情で肩をさする
そして部屋を出て行く少女
「おやすみ」
−桐山零
これが僕の名前
大きな川沿いの小さな町でこれから僕は暮らしてゆく
C級1組
5段17歳
−職業
プロ棋士